翔は半ば強引に二階堂に押し切られ、本日部屋に招くことが決定した。だがある意味、ひな祭りである今日は二階堂を招くには適した日程と言えた。最近は大人の女性もひな祭りをお祝いするようになっている。以前から翔は、いつも蓮の世話をしてくれる朱莉に感謝の意を込めて手料理を振舞いたいと思っていた。そして自然の流れで二階堂を招けば、あまり違和感を抱かせないのでは……と翔なりに懸命に考えての計画だった。 翔はベビーベッドに寝かされている蓮の様子を伺った。幸い、蓮は先ほどたっぷりミルクを飲んだので、今はぐっすり眠りについている。「蓮……パパは今から料理を作るから、どうか大人しく寝ててくれよ?」翔は持ってきたエプロンを身に着けると、早速料理の準備にとりかった。ちらし寿司の具材の仕込みはもう事前に終わっている。ご飯を炊いて具材を混ぜればちらし寿司はすぐに完成する。翔はお米を研ぎ、水深させると次の料理の準備に取り掛かった——****「ねえ朱莉。最近何か変わったことは無かった?」母の為にリンゴを剥いていると、突如朱莉は声をかけれらた。「え? 突然どうしたの? 別に何も変わったことは無いけど……あ、そうだ!」「何? どうしたの! 朱莉!」「あのね、今日はひな祭りでしょう? それで翔さんが私の為に手料理を振舞ってくれるんですって」朱莉は笑顔で言った。「そ、そう……それは良かったわね……」洋子は安堵の溜息をつき、その様子が朱莉は気になった。「お母さん……どうしたの?」「い、いえ。何でも無いのよ。でも……翔さんと仲良くやっているのよね?」「え? うん。大丈夫、仲良くやってるよ?」母の質問に答えながら朱莉は不思議に思った。(どうしたんだろう……? 今まで一度もそんなこと尋ねてきたこと無かったのに。何かあったのかな?)「ねえ。お母さん……何かあったの?」「え? な、何かって?」妙に焦った反応をする洋子。「だって今迄翔さんと仲良くやってるのかどうかって質問一度もしたことが無かったから気になって」「あ、あら? そうだったかしら……? でもいつも気にかけていたことだから」「そうなんだ。なら安心して。翔さんとはうまくいってるから」それは朱莉の本心からの言葉であった。それを聞いて洋子は安堵した。(そうよね……。きっとあの写真は何かの間違いよね……) 何
3月3日土曜日―― 今日は朱莉が母の面会に行く日だった。「それでは翔さん。本日もよろしくお願いします」朱莉は玄関で靴を履くと翔を見上げた。「ああ、蓮のことは気にせずにゆっくりしてくるといいよ。でも蓮が眠っている時で良かった。そうでなければ泣いて愚図ったかもしれないからね」翔は笑顔を朱莉に向ける。「あの……それで、本当に食事の準備は大丈夫だったのでしょうか?」「ああ、気にしないでいいよ。今日はひなまつりなんだ、女の子のお祝い事の行事の日だからね。そんな日位、少しは家事を休んでもいいんじゃないか?」翔の言葉に朱莉は頬を染めた。「わ、私は……もう女の子ではありませんから……」「そうかな? 俺から見たら朱莉さんは十分可愛らしい女の子に見えるけどね?」「え?」その言葉に朱莉は思わず顔を上げた。翔はそれを見て自分が失言してしまったことに気が付いた。(し、しまった……! お、俺は朱莉さんに何てことを……。こんな生活をしているから、つい朱莉さんが自分に好意を寄せているのではと勘違いをするなんて……!)「い、いや。今の話は忘れてくれないか? それで……今夜だけど……」「ええ、大丈夫です。二階堂社長がいらっしゃるんですよね?」「そうなんだよ。17時に、この部屋に来ることになっている。本当にすまない朱莉さん! 俺は何度も二階堂社長に話をしたのだけど……どうしてもリサーチの為に小さな子供を育てている家庭環境を見せて貰いたいって頼みを断り切れなくて……」翔は朱莉に頭を下げた。「そんな、どうか頭を上げてください。元々この億ションも私の物ではありません。数年間の仮住まいのお部屋ですから。元の持ち主は翔さんなんです。なので私に断りを入れる必要は何もありませんからお気になさらないで下さい。それに二階堂社長にはお世話になりましたし、何より翔さんの大切な先輩なんですよね?」「あ、ああ……そうなんだ。でもその代わり、もてなしは俺がするから朱莉さんは何もしなくていいからね? 蓮の面倒と二階堂社長の話し相手になってくれればいい」「話し相手……ですか?」朱莉は首を傾げた。一方の翔はまたしても自分が失言してしまっことで焦っていた。(まずい……! これ以上何か喋れば完全にボロが出てしまいそうだ。ここは一刻も早く朱莉さんを送り出さなければ……)「朱莉さん。お母さんが
「九条が朱莉さんを思う気持ちの方がずっと強いってことだ。いいか? 鳴海……お前気を付けろよ? そんなんじゃ今に誰かに足元を掬われるぞ? 例えば……京極正人とかにな」二階堂の言葉に、翔は目を見開く。「先輩、ひょっとして……京極のこと、何か知ってるんですか?」「今色々調べてるところさ。何せ、あいつこの俺に喧嘩を吹っかけてきたからな」二階堂は再び熱燗を飲みながら翔にも熱燗を勧めた。「え……? 喧嘩……? どういうことですか!?」「あいつ……九条と朱莉さんの後をつけて、2人が会っている写真と報告書を匿名で会社に……しかも俺宛てに送り付けてきたんだ」「えっ!? 琢磨が朱莉さんと2人で会っていたんですか!?」「おいおい……気にするのはそこか?」呆れたように肩をすくめる二階堂。「……そ、それ……は……」「仕方ないじゃないか。九条は朱莉さんにぞっこんだし、所詮お前と朱莉さんは偽装婚、赤の他人なんだから。それよりも問題なのはそれを京極に見られていたってことだ。いや……もしくは人を使って朱莉さんか九条を以前から監視していたのかもしれない」「そ、そんな……」「まあ、それがきっかけで俺は九条をオハイオ州へ行かせたんだけどな。会社と九条を守る為に」「琢磨……」翔は俯いた。「あー、そんな辛気臭い顔するなって。飯がまずくなる。ほら、ここのすき焼きは最高なんだぞ? 火、入れるぞ?」二階堂はすき焼きセットにバーナーで火をつけた。「京極……あいつ、間違いなくお前と朱莉さん……そして義理の妹……確か明日香だっけ? 3人の関係を知っているに違いない」すき焼きを焼きながら二階堂は言う。「そう言えば実はこの間、雑誌の取材でバレンタインの日に女性記者からインタビューをレストランで受けたんですよ」「はあ? なんだ……それ。いかにも勘違いさせそうなシチュエーションだな?」「そうですね。それでその女性記者と会っている場面が写真に収められて……脅迫めいたメールが届いたんですよ」「まだそのメールは残っているのか?」二階堂は出来立てのすき焼きを頬張りながら尋ねた。「はい、あります」「どれ、見せてみろ」「はい」翔はスマホのメールを表示させると手渡した。二階堂はそれをじっくり眺める。「……別にウィルス感染を起こさせるような感じは無いな。純粋にお前を脅迫しようとしている
バレンタインの日から1週間程経過した週末の金曜――「悪かったな、鳴海。呼び出したりして」六本木ヒルズの巨大クモのオブジェ前で翔が待っていると、コート姿の二階堂が現れた。「いえ、この間久しぶりに会ったのでもう一度先輩とお話したいと思っていたんですよ」翔は丁寧に頭を下げた。「このビルの最上階にお勧めの店があるんだ。そこへ行ってみるか」二階堂の誘いに翔は乗った。「ええ、先輩にお任せしますよ」そこは52Fにあるお座敷の和食ダイニングの店であった。障子戸の向こうの窓からは見事な夜景が見えている。「ほら、飲めよ。鳴海。それともお前は日本酒は苦手か?」熱燗の日本酒を進めながら二階堂が尋ねる。「いえ、そんなことはありませんよ。頂きます」翔は熱燗を受け取るとクイッと飲んだ。「どうだ? 美味いか?」「ええ、美味いですね。やはり冬場はこういう日本酒もいいものですね」「そうか。今、うちの会社でも冬の熱燗フェアを開催していてな。酒器セットを好みの日本酒とセットで販売しているんだ。これがなかなか好評で売れ行きも上々なんだよ」二階堂は嬉しそうに言う。そんな二階堂を見ながら翔は尋ねた。「琢磨は……元気ですか?」「ああ、元気にやってる。まあ……本人が嫌だと言っても後数年はオハイオに行っててもらうつもりさ。数年後日本に帰国する時には、意外と青い目の妻を連れて帰って来るかもしれないぞ?」嬉しそうな二階堂を前に、翔は重い表情で口を開いた。「先輩……今夜呼んだのは俺の妻のことなんじゃないですか?」「ほーう?」二階堂は眉を上げた。「何でそう思ったんだ?」刺身の盛り合わせを食べながら尋ねる二階堂。「……別に。何となく勘ですよ。琢磨から聞いているんですよね? 妻のこと……」「ああ、朱莉さんか。……それにしても、物凄い美人の妻を貰ったんだな?」二階堂は身を乗り出した。「……最初は……あんなんじゃ無かったんですよ。黒縁の眼鏡をかけて、髪も後ろで1本にまとめて……地味なスーツ姿だったんです」「……」そんな翔の話を二階堂は黙って聞いている。「俺は彼女……朱莉さんを騙したんですよ。祖父からの縁談を断り、義理の妹との恋愛を成就させる為に、偽装妻が必要だったんです。それで求人を出して履歴書を送って貰い……琢磨に地味な女性を選んでもらって俺が彼女に決めました。だけ
「そうね。でもある意味人間臭くなったのかもね」「そうか。褒め言葉と受け取っておくよ。それで、そのメールの出所の件………だよな?」京極はPCを操作すると、プリンターから印刷物が出てきた。「これを持って行け」姫宮にプリントされたA4用紙を渡した。「これは……何?」「俺のPCのダミーのIPアドレスだ。二重三重にダミーを掛けているからこれ以上は調べられない、そう言って手渡せ。これを防ぐにはさらにセキュリティを強化するしかないとでも言っておけばきっと納得するだろう」「……最初からこうなることを予想してたの?」「一応な。でも静香には迷惑かけたくないからな」「ありがとう。貰っていくわ」そして姫宮は上着を着るのを見ると京極は尋ねた。「もう帰るのか?」「ええ、だってもう21時になるもの」「……ここで一緒に暮らすか?」「は……? 何を言ってるの? そんなこと出来るはずないでしょう? それともどこか別の場所に引っ越してくれるなら考えてもいいけど?」「……悪かった、今の話は忘れてくれ」京極は肩をすくめた。「余程朱莉さんの傍を離れたくないのね……」「そうかもな……」「それじゃ、帰るわ」「ああ、気をつけてな」そして姫宮は京極の部屋を後にした——****同時刻――オハイオ州 午前7時「え? 何だって? 航。今何て言った?」琢磨はモーニング珈琲を飲みながら首を傾げた。『だからー、俺はもう完全に朱莉を諦めたって言ってるんだよ』受話器越しの航はどこか投げやりに聞こえる。「嘘だろう? お前あれ程朱莉さんに惚れ込んでいたじゃないか?」『まあな……色々あって、今は別の女と付き合い始めたんだよ。琢磨は一応俺のライバルだからな。伝えておこうと思ったのさ』「へえ~ライバルねえ……。ところで最近そっちで何か変わった事は無かったか?」『あ! そうだ……大事な事を思い出した! 鳴海翔だよ! あいつ……この間バレンタインの時に朱莉でも明日香でもない別の女と高級レストランで食事してたんだよ!』「何? その話本当か?」『ああ! それで俺はその店を急いで出て、朱莉の元へ向かったんだ。そして朱莉にその話をしても……意外と無反応だった……というか、関心が無いみたいだった』「何だって?」琢磨はその話に反応した。『ああ、自分は書類上の夫婦とういうだけの関係で、鳴
20時―― 京極の億ションのインターホンが鳴った。モニター画面を見るとそこには帽子を目深に被った姫宮の姿がある。「やはり来たか」小さく呟くと京極は黙ってカギを開けると姫宮の正面の自動ドアが開いた。「……」姫宮は無言のまま、中へと入って行った。「正人! 一体、どういうつもりなの!?」開口一番、姫宮は京極をなじった。「どういうつもりも何も……鳴海翔を少し揺さぶりをかけただけだが?」「何が揺さぶりをかけただけよ……。正人のやってる行為は完全な脅迫よ。一歩間違えば犯罪になりかねないわ」「そうか? 大げさだな?」京極はコーヒーを淹れると姫宮に差し出した。「……」姫宮は珈琲を受け取ると一口飲み、ため息をついた。「副社長に言われたのよ。このメールの出所を探って欲しいって……しかもこの私に。どう責任を取ってくれるの? このままでは私は秘書の仕事もを辞めざるを得ない……それどころか、もうあの会社にもいられなくなるかもしれない。そうなると正人、貴方に情報を流せなくなるわよ? それでもいいの?」「何だ? 静香。お前が俺を脅迫するのか?」京極は肩をすくめる。「脅迫? 正人は私の言葉を脅迫と捕らえているの? 私は一般論を語っているだけよ?」「そうか……」京極はコーヒーを手にPCの前に座ると、姫宮がその後を追った。「ねえ、正人……貴方最近おかしいわよ? やり方がエスカレートしているし、大胆な行動に出始めているわ。一体何をそんなに焦っているの?」「焦っている……? 俺が?」「ええ、そうよ。まるで朱莉さんを奪われたくない為に邪魔な人間を次々と排除しよとしてるようにしか見えないわ。あの九条琢磨と言い、安西航と言い……」「そうだな……でも2人共、俺の思惑通り去って行ってくれた。なのに……」京極はギリリと歯を食いしばった。「……俺の予定では明日香と鳴海翔は愛に溺れ、それが鳴海会長の知る処となり、翔は失脚させられるはずだったのに……。朱莉さんには多額の慰謝料を取らせてあげる様に働きかけ、無事に離婚させたのち、明日香と翔の関係を世間に公表して鳴海グループのスキャンダルを世間にさらしてやろうと思っていたのに……! まさか2人して俺の思惑とは違う方向に進んでいくとは……とんだ誤算だった」「何でも自分の思うように事が運ぶとは思わないことね。いくら人間観察に優
事情を知らなかった正人は母を、そして裕福な家に引き取られた静香を恨んだ。だが、正人は小学生に上がった時に何故静香と会えなくなってしまったのか真実を知ることになった。正人は母に頼み込み、静香が何処に住んでいるのか教えて貰った。正人は学校を無断で休み、住所を頼りに行ってみるとそこは豪邸で、お手伝いの人間がいた。妹に会いに来たと言ってもにべもなく追い返され、そこで正人は静香が帰宅するのを何時間も待った。そして4時間待ち続け……ついに正人は静香と再会を果たした。それは2人が小学5年の時。実に6年ぶりの再会だった————その後。正人と静香は内緒の手紙のやり取りをずっと続けた。そして自分達が何故このような境遇に陥ってしまったのか、何年も調べ続け……中学生になった時にようやく父親の弟子達の仕業だったことを知る。弟子たちは全員画家として成功し、優雅な生活を送っていた。その事実を知った正人は復讐に燃えた。父の残した遺品は絵画以外は全て母が保管していた。そこには本物の父の遺言が残されていた。正人と静香は弁護士に相談し、ついに偽造文書である事を証明出来たのだ。弟子たちは全員偽造文書捏造の罪で起訴され、復讐は終わった――と静香は考えていた。しかし、正人は違っていた。父の画廊を潰したゼネコン企業の大本となった鳴海グループに復讐すると言い出したのだ。**** 2人が会う場所はいつもカラオケボックスだった。ここならどんな内緒の話でも出来るからだ。『静香、お前も当然協力してくれるんだろうな? 俺達の人生を滅茶苦茶にしてしまった鳴海グループに復讐する為に』『ねえ……正人。そこまでする必要があるの? 鳴海グループは世界に名だたる巨大商社なのよ? 分かってるの?』『ああ。だから俺は奴等に負けないように努力する。俺達を……母さんを見下してきた姫宮家にも馬鹿にされない為に。あいつ等を見返してやるんだ』京極は憎しみの籠った声で言う。その言葉を聞く度、静香は遠回しに自分も責められているようで何も言い返す事が出来なかった。『静香、お前も当然協力してくれるんだろう?』『私は……何をすればいいの?』『鳴海グループに近付くんだ。静香、お前も俺と同様努力家で有名大学に入っただろう? だからお前は就職先は鳴海グループ1本に絞れ。そこに入社出来る様努力するんだ。いいな?』『……
静香は京極家の双子の兄妹としてこの世に生を受けた。 母は名家の出身で、大企業の4人兄姉の末っ子であった。母は学生時代に美大に通う男性と知り合い恋人同士になったが、両親に兄姉達全員から激しい反対に遭い、卒業後ほぼ2人は駆け落ち同然で一緒になった。 売れない画家で貧しい暮らしを強いられたが幸せな暮らしをしていた。 一緒になって1年目に双子を妊娠し、正人と静香が誕生した。 そしてその頃から父は画家として売れ出し、少しずつその名声も地位も高まっていった。正人と静香が5歳の誕生日を迎える頃、ついに父は有名画家の仲間入りを果たし、自分の画廊も持てる程になっていた。弟子も何人か持てるほどになり、家族の暮らしは格段に良くなっていった。ところがその矢先、父は個展の帰りに交通事故に遭い、呆気なくこの世を去ってしまった。お嬢様育ちだった母は無力な存在だった。気付けば父の残した絵画は全て弟子達によって奪われてしまった。 さらに追い打ちをかけるような不幸が京極家を襲った。鳴海グループの息がかかったゼネコン業者が土地開発事業をする為に、父の残した画廊を買い取ったのだが、その名義すら弟子たちに書き換えられていたのだ。 弟子たちは京極家の財産を全て奪い去ると行方をくらまし、残されたのは父が生前加入していた保険の遺族金のみであった。 母は何度も自分の両親や兄妹にお金の援助をして欲しいと泣きついたが、誰も手を差し伸べてくれる者はいなかった。 仕方なく母は生活の為に家を手放し、親子3人小さなアパートでの暮らしが始まった。働いた経験が殆ど無かった母は昼はパートのレジ打ち、夜は数時間だけ水商売の仕事に手を出さざるを得なかった。そして残された静香と正人は2人きりで夜を過ごしていた。 ある夜の出来事だった。静香と正人が留守番をしていた時、上の階に住む住人が火の始末を怠って家事になってしまった。 アパートは焼け落ちてしまったが、階下に住んでいた静香と正人は何とか消防に助けられた。しかし、幼い子供を残して家を空けていたということで母は世間から大バッシングを受け、精神を病んでしまった。それを見兼ねた母の両親がようやく救いの手を差し伸べて来たが、条件付きだった。 静香を長男夫婦の養女にするので引き渡せと言う残酷な物だった。さもなければ援助はしない、勝
シャワーを浴びて部屋に戻るとメッセージが届いている。「朱莉さんからだな」『お仕事お疲れさまでした。チョコレートお口にあったようで良かったです。おやすみなさい』「朱莉さん……お休み」そしてスマホの電源を切ろうと思った時、翔はまだ1通メッセージが届いていることに気が付いた。それは知らないアドレスだった。「何だ? 迷惑メールか?」そのままゴミ箱にメールを捨てようとしたとき、メールの題名にふと目がいった。「な……何なんだ……? この題名は……」そのメッセージの題名には自分の名前が書かれていたのだ。『鳴海翔へ』「俺の名前……? 一体何て書いてあるんだ……?」翔はメッセージをタップした。『鳴海翔はバレンタインの夜に女性とデートを楽しんだ。画像ファイルを見ろ』「何だって!?」(馬鹿な……! 一体誰がこんなメッセージを……うん?)そのメールには確かに添付ファイルが添えてある。(一体……この画像は何が写ってるんだ…?)翔は震える指先で添付ファイルを開いた。そこには先程の女性記者と翔が食事をしている写真だった。この食事はインタビュー目的……いわゆる仕事の一つだったのに、画像だけ見れば翔が楽し気に食事をしている姿にも見える。(だ、誰だ……? 俺にこんなメッセージを送りつけてくるとは。これで二度目だ。俺を脅迫しているのか……? くそっ! 一体誰がこんな真似を……!)翔は悔し気に髪をかき上げ、ソファに座りため息をつきながら改めて画像を見直した。「この写真から見ると俺の左後ろ側から撮っているな……。監視カメラはついてないだろうか? 明日にでもこの店に確認をしてみよう」(どこのどいつか知らないが、必ずこのメッセージを送りつけてきた人物を見つけてやる……) その頃——朱莉は蓮の為に手作りスタイを作っていた。(そうだ。レンちゃんの為にベビー服を作ってあげようかな。明日にでもネットでミシンを見てみよう)そしてベビーベッドでスヤスヤと眠っている蓮を見た。朱莉は今幸せで一杯だった。こんなに穏やかな気持ちになれたのはまだ父が生きている時以来だった。父がいて、母がいて……3人で仲良く暮らしていたの時以来の充実した気持ちでいられるのはすべて蓮のお陰だった。(後4年もしくは3年……それまではこの幸せを噛みしめて生きていこう……)そして朱莉はスタイを1枚縫い